「仕事における優秀さ」って、運の部分が大きいよね!?という話

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幸運、サイコロ

仕事をしていると、「仕事のできる人・仕事のできない人」みたいな言葉って、聞いたり、言ったりしませんか?

または、「あいつは、優秀だから」みたいな。

 

これらの言葉、僕は、ちょっと苦手なんですよね。

 

というのも、

  • 仕事ができる、できない
  • 優秀、優秀じゃない

って結局は、「適材適所になっているか?」の問題だ思うからです。

適材適所とは、その人が、一番活躍できる環境を用意するってこと

適材適所って、辞書などでは、

「その人の能力や才能、資質などを考慮して、その人にあった役割を与えること」

なんて出てきます。

 

つまり、その人が、一番活躍できる環境を用意するってことです。

こんな風に、一言でいっちゃうと、結構簡単に聞こえたりするんですけど、適材適所って色々な条件に左右されるので、結構、難しいよね~って思ったりします。

 

そもそも「適材適所」って、

  • どんな仕事をするのか?
  • どこの会社でするのか?
  • 誰とするのか?

によって、ぜんぜん変わっちゃいます。

 

もっと言うと、

  • 会社による評価基準の違い
  • 評価を行う人の能力や価値観
  • 評価を行う人の好き嫌いや、個人的な感情

などによっても変わってしまうため、「仕事のできる人」って「その環境において」という言葉が、前に付くものだと思うんです。

仕事で評価されるかどうかは、運の部分が大きい!?

なので、

「たまたま入った会社で、運よく仕事内容や回りの人たちに恵まれたから、力が発揮できた!

結果、評価につながった!って部分も大きいよね?」

ってことです。

 

もちろん、本人の頑張りは、評価されるべきところだと思いますけどね。

 

逆にいうと、

「たまたま入った会社で、運が悪くて、仕事内容や回りの人たちに恵まれなかったから、力が発揮できなかった・・・」

みたいなことも、大いにありえるってことです。

 

そう思うと、「仕事のできる・できない」「優秀・優秀じゃない」って、環境に左右される部分が
すっごく大きくて、結構、運じゃないの?って思うわけです。

 

そんな理由で、僕は、「仕事のできる・できない」「優秀・優秀じゃない」って言葉が、苦手なんですよね。

仕事の評価に対して、過信したり、悲観したりしない方がいいかも

そういう意味では、現在の環境で、ある程度評価されているなら、「俺の力だ~」って過信しないほうがいいかな?って思いますし、なかなか、仕事がうまくいかないって人は、「たまたま環境があわないだけ!」と割り切って考えることも大切かな?って思います。

 

ちなみに、時代によって、必要とされる仕事は変わってきちゃうので、

「この時代に生まれたから、活躍できている」

ってことも、運によるものだよね?って思ったりもします。

 

肉体労働しかない時代に生まれてたら、僕なんか、誰も雇ってくれないだろうな~って思いますし。

まとめ

そんなことで、

「仕事って、運の部分が大きいよね?」

って思っておくと、結構、楽になるかも?という話でした。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

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こう

医療・介護業界で経営管理の仕事をしながら、ブログ「まいぼた」を書いています。

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