ケンカや暴力行為などの第三者による行為で負傷した場合、民法などの規定により、その医療費については、原則、加害者が被害者に対して支払います。
【民法】
第709条 不法行為による損害賠償
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
このルールは、病院に入院していたとしても同様です。
なので、院内で責任能力のある入院患者同士がトラブルになり、入院患者がケガをした場合は、原則、ケガをさせた患者(加害者)がケガをした患者(被害者)の医療費を支払うことになります。
この場合、基本的に、病院側に賠償責任はありません。
じゃあ、入院患者が認知症を患っていた(責任能力がない)場合はどうなのか?
病院側に、賠償責任はあるのか?
この記事では、実体験をもとに、
「病院内で起きた、認知症患者同士のトラブルによる傷病等に対する病院(施設)側の賠償責任に対する考え方」
について、備忘録的に(参考事例として)まとめておきます。
認知症患者の加害(加害者)は、損害賠償責任を負うのか?
民法では、加害者が精神疾患等(認知症など)で責任能力がないと判断されると、原則、刑事責任も民事責任も負わないとされています。
その場合、原則は、監督義務者(加害者の家族など)が、その損害賠償義務をを負うとなっています。
【民法】
(責任能力)
第712条 未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。
第713条 精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。
(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第714条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。
つまり、病院(施設)に入院している認知症患者における加害については、原則として、
- 加害者に責任能力がない
- 監督義務者(加害者の家族など)は監督義務を怠っていない
ってことになると思います。
加害者は、認知症を患っているから入院しているわけです。
なので、「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能(責任能力)を備えていなかった」と判断されることが多いと思います。
また、監督義務者(加害者の家族等)は、病院や施設に、認知症の家族を預けているわけですから、「監督義務を怠っていた」とするには責任が重すぎると感じます。
もちろん、監督義務者(加害者の家族等)としても、「監督義務と言われても・・・」って感じですよね。
病院(施設)側は、入院患者の加害において、損害賠償責任を負うのか?
民法第714条2項では、
「監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者(代理監督者)も、前項の責任を負う」
とされています。
【民法】
(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第714条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。
代理監督者とは、監督義務者との契約等により、責任能力のない未成年や精神疾患患者等(認知症など)の監督を引き受けた者です。
具体的には、
- 保育園
- 幼稚園
- 小・中学校
- 病院(精神科病院など、種類により)
- 介護施設(種類により)
などの設置主体となります。
代理監督者においては、「監督義務を怠っていた」、つまり「過失がある場合」に、その損害を賠償する責任を負うことになります。
安全配慮義務違反に該当するのか?【病院・施設側の過失判断】
代理監督者は、いわゆる「過失」がある場合に、その損害を賠償する責任を負うことになります。
では、
「病院内で起きた、認知症患者同士のトラブルによる傷病等に対する病院(施設)側の過失とはなんなのか?」
ですが、
具体的には、
「安全配慮義務違反に該当するのか?」
「安全配慮義務を怠ったのか?」
ということになります。
そして、「安全配慮義務違反」に該当するかどうかは、次の2つにより判断されます。
【安全配慮義務の考え方】
- 予見可能性:特定の出来事の発生を予測できたか?
- 結果回避可能性:その出来事が回避できたか?
1つ目は、「認知症患者同士のトラブルが予見(予測)できたか?」です。
たとえば、「日ごろから暴力的な行為を繰り返している」や「怒りっぽい(易怒性)」などの行動が見られる場合は、他の患者さんと接触することで、トラブルになると予見できるはずです。
2つ目は、「認知症患者同士のトラブルが発生しない、または、ケガをするようなことが回避できたか?」です。
たとえば、自傷他害のおそれがあるとして、隔離や拘束の措置をとっていれば、トラブルやケガを回避することができたはずです。(精神保健指定医の判断により)
つまり、「安全配慮義務違反(過失)」とは、そのトラブルが予測ができるものであり、かつ、その結果(トラブル)を避けられるということが前提で判断されるものです。
損害賠償責任を誰にも問えない場合は、どうしたらいいの?
病院(施設)に入院している認知症患者が第三者にケガをさせた場合で、
- 加害者に責任能力がない
- 病院(施設)側に安全配慮義務違反はない
- 監督義務者(加害者の家族等)は監督義務を怠っていない
という場合、被害者はどうすればいいのでしょうか?
誰に、医療費などの損害賠償を請求すればいいのでしょうか?
結論からいうと、法的には、被害者は損害賠償を誰にも請求できません。(と思います・・・)
なので、まずは、
- 加害者
- 被害者
- 病院(施設)側の職員
の3者で話し合うしかないと思います。
もちろん、その話し合いで納得がいかない場合は、被害者が訴訟などを検討することになるかと思います。
第三者行為による傷病等の治療は、健康保険を使おう!
第三者行為による傷病等の医療費については、原則、健康保険は使えず、自費による診療(10割負担)ということなります。
自費による診療となると、医療費がかなり高額になっちゃいます。
もちろん、「医療費は加害者が支払う」というのが原則ですが、場合によっては、被害者が一時的に医療費の立替をする必要(ケース)が出てきます。
また、加害者が不明な場合や医療費を支払わないケースだってあります。
となると、被害者の負担がかなり大きくなってしまいます。
そのため、被害者の負担を軽減する仕組み(救済措置)として、第三者行為による傷病等の治療においても健康保険が使えるようになっています。
健康保険を使うことで、医療機関での窓口負担をかなり軽減することができます。
なので、必ず、利用するようにしましょう。
【詳細記事】
「第三者行為による傷病等の治療における健康保険の使い方」については、こちらの記事で詳しくまとめています。
⇒第三者行為による傷病等の治療に健康保険は使える?【手続きと医療費請求の流れ】

まとめ
ここで、「病院内で起きた、認知症患者同士のトラブルによる傷病等に対する病院(施設)側の賠償責任に対する考え方等」について、まとめておきます。
- 病院(施設)側の責任は、安全配慮義務違反の有無で判断される
- 安全配慮義務違反は、「予見可能性」と「結果回避可能性」で判断される
- 法的に、損害賠償責任を誰にも問えない場合もある
- 負担軽減のため、第三者行為による傷病等の治療は、健康保険を使う
はっきり言って、精神疾患等(認知症など)の患者における第三者行為傷害に対する責任の所在については、かなり難しいです。
過去の裁判例なども含め、色々と読んでみましたが、スッキリしませんし。
まぁ、穏便に解決したいということであれば、病院(施設)側がすべての責任を引き受けて損害賠償に応じちゃえばいいんでしょうが、ただ、それって、職員さんの過失を認めることにもなるので、なかなか難しいですよね。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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